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「広城京典のときどき、たま~に「よっちゃん」ですが…」







2019,10,21

 バスツァー、天候で内心ざわついているけど、大丈夫、きっといい旅になる。1・12も控えているしね。それにしても昨日の対南アフリカ戦の高揚がまだ残っている。予選で盛り上がった気持ちを持続させながら応援していたけれど、やっぱり世界は強い。前日、ニュージーランドの戦いぶりを見て、ラグビーW杯優勝チームの凄みを感じたからなのだろうか。現実は可視化という形で次の課題を投げつけてくる。良いものを見せてもらった。4年後がとても楽しみ。日本チームヘッドコーチの言葉「一流の選手になる前に、一流の人間になりなさい」これも響いた。

2019,10,14

 LUIバスツァーまで2週間を切った。台風19号に人類とはなんと自然に無力ではかない生きものかを思い知らされたと同時に、昨日の対スコットランド戦を見ながら人とはなんと力強く素晴らしい可能性を秘めた生き物なのかを教えられた。そして「夢を力に」という作詞に込めた想いが現実になってゆく過程をリアルに感じている。「夢を力にの詩はこちら」昨日の試合の後に皆が口にしていた想いがすべて入っているような…手前味噌ですが。

 さて、今回のLUIのバスツァーにはサプライズが!それは一日目に!なんだろう( ^ω^)・・・

2019,9,29

 2014年7月。ボーカルブースから聴こえる歌声(作曲&コーラス)を聴きながら、スポーツ全般に合う純粋な疾走感がまだ歌詞に反映されていない…僕は歌詞に悩みながら過ぎる時間を追っていた。「そういえば2019年ラグビーW杯が静岡県の、縁のある自治体のスタジアムで開催」を思い出し、コーラスに「To Try!」を入れた。あれから5年、結果論でずるい言い方かもしれない、しかし、昨日の日本対アイルランド戦、現実はあくまでも現実で戻れるわけではない。が、4万8千の歓喜と魂が空気を震わせるエコパで、感じ、聴きたかった…。定めたゴールは間違っていなかったと思いたい。ただ、夢を導く難しさ、継続の大切さ、器の小さい自分を恥じながらも、次のミッションへの糧にしたいと強く思う、そんな昨日でした。因みに、エディーで日本対アイルランド戦のダイジェスト動画再生と、グーグルで「夢を力に」を同時再生すると、まるで尺を合わせたように結構いい感じのPVっぽく楽しめます。よろしければやってみてください。


2019,9,25

 LUIバスツァー、すごいですね~サプライズ!何あるかわからないですね~ほんの小さな、過去の出来事ですが…でも、知らぬと知るとは大違い~わたし、自分のこういうのって知らないんですねぇ~幸せですねぇ!~主語わっかんねぇよ!~って怒るあなたのその声、届きますねぇ~おっしゃる通おり~当日までシークレットなんですねぇ~ 以上、打ち合わせ現場からよっちゃんでした。


2019,9,7

トップでもお知らせしたとおり、長岡新聞毎週土曜日掲載の連載小説「121枚目の奇跡」が今日で最終回を迎えました。読者の皆様、編集スタッフの皆様、本当にありがとうございました。届いた手元の掲載紙をまだ開いていません。もう少し、じっくりと実感を楽しみながら、その気分が過ぎたころに開きたいと思っています。


2019,9,3

 誕生日に運転免許を更新しました。日帰り長岡運転免許センター。初めての経験。本当はもう少し後にしたかったのです。できれば9月7日の土曜日に。「121枚目の奇跡」長岡新聞連載最終回に合わせたかったし、一回新聞を直買いしたかっのです。でも、土曜日は更新するセンターが休みで…というのが理由。感動したのは免許センターにでかでかと貼られている「今日は令和1年9月3日です」の張り紙。自分の誕生日がこんなにでかでかと張り出されているのって見たことがなく。恥ずかしかったです。道路交通法もだんだんと厳しくなり、それだけ車の問題が深刻なんだろうなぁとひしひし感じました。皆さんも安全運転を心がけてくださいね。事故は加害者、被害者ともに一生大変な重荷を背負うことになりますからね。

次回からは認知症テストあるらしく、少し不安…認知症テスト、か・・・。


2019,8,7

昨年4月から長岡新聞で連載を始めた「121枚目の奇跡」(長岡新聞社土曜版)が54回目の最終回をもって9月に終了します。文字数約54000字、約17か月かかりました。物語は韓国人女性と日本人男性のラブストーリーで、今のご時世、複雑な気持ちです。書き始めのころ、こんな政治、社会情勢になるなど夢にも思わなかった。純粋な物語を身に置き書いたつもり。物語は昭和58年にソ連の戦闘機が大韓航空機をミサイルで撃墜したところから始まり、二つの国に住む男女がまじりあうことなく生きてゆく中、徐々に不幸な撃墜事件を互いに背負い、そして互いを許しあう、というような純粋な愛の物語です。

 というわけで、次に定めた目的地に向かい自分はハンドルを切ります。今度は歌がらみ。お客さんが心から歌で泣き、笑い、ノリノリもあり、良い時間だったと心から喜んでいただけることを一義に考えてます。とは言ってもまだ、どうなるかわわかりませんが…年内、この伏線が映画として公開されるかも…是非。


2019,6,21

 前回リンクを貼った「中国からの贈り物・小さな留学生」はいかがでしたか?今回は同じシリーズながら、社会的背景とかいろいろあり、2006年に一度しかOAされなかった作品を紹介させていただきます。中国からの贈り物と同じ制作チームが手掛けた作品で、「泣きながら生きて」といいます。※注 第一話はNGになっていますが第二話からは見れます。


2019,6,12

 大きく影響を受けたドラマの中に「北の国から」がある。放送された1981年はC社からT社へとレコ社を移った時期でもあり、オンタイムで視ることは出来なかった。それから2年、女優さんを専門にマネージメントされている事務所代表のSさんから、CX企画制作部のYさんを紹介された。笑う目の奥がキラキラと光るYさんは、ドキュメンタリーをドラマに落とし込むことが得意で、感性がとても豊かな鋭い人だというのが第一印象だった。2000年秋、ドラマ収録スタジオの前室でYさんを偶然テレビで見た。それは留学生を描いたもので、仕事をシカトしても観たかったが…収録中でごく一部しか観れなかった。幸いその時のドラマPさんもYさんの嗅覚が好きで録画してるという。拝んでVTRコピーを後日もらった。  「中国からの贈り物」  という番組だ。いろいろな意味で僕の心に鎮静剤的効果を及ぼすといっても過言ではない、琴線に触れた作品です。

 そうそう、北の国からもÝさんが企画に参加していたのだそうで、ドキュメンタリーというよりも実験に近いドラマで大変だったとおっしゃっていたことも、印象的深かった。


2019,5,27
 本として出版できる当てなどないまま、小説を書こう、と、そう自分で決めた処女作「願かけ桜」の執筆期間も苦労した。しかし、その苦労は今回連載している新聞小説「121枚目の奇跡」とは明らかに違う質のものだ。連載経験など無い。きっと苦労するだろうな、と十八ヶ月前の僕は漠然と、まるで人ごとのように思っていた。苦労にはふたつのタイプがあると僕は思っていた。すべき苦労と、避けるべき苦労である。それを見極めるには、それまでどう生きたかの過程と経験さえあれば、自分は大丈夫、とも思っていた。そんな過信を思い知るのに、そう時間は要らなかった。連載を書ききるということは簡単ではないということ。それを、心底から思い知った。今回の連載で得たことがある。「すべき苦労、避けるべき苦労なんていう苦労は存在しない」「苦労の中で、生まれる夢もある」このふたつを知ったことだ。
 今の僕には、2,000字先のゴールが見える。
2019,4,30~5,01
 平成天皇陛下最後のお言葉に胸が熱くなった。平成から令和へと元号が引き継がれた。TVからも緊迫感が伝わってきた。国民を代表して総理の読み上げる言葉ですら発音が聞き取りづらかったり、一か所噛んだようにも聞こえ、さぞ、松の間にいた多くの方は想像を絶する緊張感の中、行事へのご尽力があったのだろうと伺えた。本当に、天皇陛下をはじめ、皆様ご苦労様でした。
 僕自身もこの生前退位という儀式と、その意味する重大な決断で引き継がれる未来を想像するにあたり、いち国民としての義務とは何か?を、改めて考えさせられた。令和になった今、それに伴い日本の政治、経済、文化も少しづつ少しづつと日本人の意識を変化させてゆくのだろう。西暦とは違う元号制度とはそういうものではなかろうか。良いほうに進んでほしい。僕はといえば、被る羊の皮を脱ぐタイミングを模索するショボイ人間のまま迎えた令和初日である。が、その前に連載の了を目指そう。

2019,4,29
 一年以上の時間をかけた新聞連載のゴールがかすんではいるのだが見える。蜃気楼でないことを祈るのみである。予定では八月上旬が最終回の掲載予定となる。

2019,4,28
 本当にtokidokiになってしまいそうで、すみません。昭和、平成そして令和。「三つの元号を生きてきた中でそれぞれの時代の中で心に残っている出来事はなにか」…悩むのであります。ありすぎるのであります。良いことよりも悪いことの方が記憶を呼び覚ます力があるようで、困る次第です。欧米諸国を含め世界のほとんどの国は西暦ですので、まぁ、そう思えば日本は独特の文化というか日本人的哲学感が良いも悪いも僕にも根付いているのでしょう。と、個人的に思います。明治、大正、昭和とすべての元号で戦争が起こりました。平成は戦争の無い元号で終わろうとしています。
「戦争を知らない子供たち」という歌があります。その子供たちの最年長は今年74歳になります。

2019,3,29 
 ショーケンこと萩原健一さんが亡くなった。
 50年前、僕は高校生バンドザ・ディスティニーズの一員としてテンプターズ、フォーリーブス、オックスの前座で人生ただ一度のステージというものを経験したことがある。高校生だった僕たちメンバー全員はお金などに余裕はなく、衣装は学ランの金ボタンを外しただけだった。緞帳が上がる。当然お客さんからは足元から見える。「きゃー!」という歓声が一瞬にして僕の頭を真っ白にした。そして顔が見えると「…なぁ~んだ…」という落胆にもにた声に変わった…今でも思うだけで恥ずかしくなる…ただ、2000人のお客さんから頂いた「勘違いの赤面」は思い出としてではなく、心の財産として留めている。
 出番が終わりテンプターズの楽屋前を通るとドアは開いていて室内が見えた。メンバーは黙々とそれぞれの楽器をさらって(練習)いる中、ショーケンは禅を組んでいるように微動だにせず鏡を見つめていた。それは戦う前の戦士の様でもあり、オーラというか、凄みを発していた。
 あの後ろ影は今も自分の心に棲んでいます。「お疲れさまでした」とか、ご挨拶も言えずに申し訳ございませんでした。「大変遅くなりましたが、お疲れさまでした。そしてありがとうございました」
 ご冥福をお祈りいたします。
 
2019,03,21
 イチロー選手が引退しました。その記者会見を観ていて、イチロー選手の凄さというより、凄みを感じました。何も特別なことを語っているわけでもなく、思い出や感傷に浸っているでもなく、ただ問うひとりひとりの記者さんに対して視線を向け、丁寧にコミュニケーションを交わす姿に圧倒されました。
 特に印象に残ったのはふたつ。大リーグ一年目に「日本に帰れ」としょっちゅう言われていたということについて語っていた時の、懐かしそうな温和な表情と、好きから始めた野球だけれど、愛するようになってからの続ける難しさを、まるで美しい景色を言葉で伝えるような、表現の力のふたつです。
 心地の見える記者会見でした。
 
2019,03,12
 この年齢になると同級生とか友人の訃報が届く。寂しい限りではあるが人には無限の命は与えられていない。そんな時に思うことは「どう生きたか」ではなく「どこで死ぬか」に不安を抱く今日この頃。幸いなことに、医者、僧侶、葬儀社の友達に今は困らない。しかし、ふと思う。彼らが自分よりも先に死んでしまったらとね…。僕は大変困ります。だから「お互いに健康には留意して頑張ろう」などと、別れ際に言う自分が情けなく、許せないこの頃です。
 唐突ですが、僕が好きな山崎豊子様原作、TV東京開局記念ドラマ「二つの祖国」(3月23,24 OAの二夜連続放送)は超おすすめ、死生観のバイブル、お時間のある方は是非!
 唐突その二。ハンス・クリスチャン・アンデルセンにハマっています。リスクマネージメントのバイブル、特に これ!

2019,02,26
 頭の中で映像は流れているんだ。色も動きも…それを文章に落とそうとするのだが、文字が出てこない。そんな日々がもう数か月続いている。
 A,O,ハーシュマンという社会学者が書いている「離脱、発言、忠誠」についてをなんとなくぼんやりと考える。人は1,2,3という整数を反射的に1,2,3という順番で認識するよね。でもね、3,2,1もあると思うのだ。物語もそうだけど、常に逆もまた真実と捉え、何がこの危機的静止状態を生んでいるかを熟考せねば目指す結末へとは辿り着けないだろう…などと自問自答してます。もう少し座禅組ませてください。
 小難しい言い訳、校正、校閲お待ちの担当さん、すみません。

2019,01,25~26
 昨年を漢字ひと文字で表すのに選ばれたのは「災」でした。本当に地震、台風、豪雨等自然災害が多かったからだそうです。ならば自分の今年の一文字何にしようかなと、新年からずいぶん迷い「素」と決めました。
 何故「素」を選んだのか、その理由を科学の授業を思い出しながら読んでいただけたらと思います。例えば身近なもので、ほんとに簡単に説明するため「水」を思い浮かべてっください。水という元素(金属ではない物質)の元素記号は[H2O]、つまりひとつの酸素とふたつの水素が結合した分子の形であり、酸素、水素のそれぞれを「原子」と呼びます。原子には共有結合のための腕があります。水素は「H-」という一本の腕があり酸素は「-O-」という二本があります。これが「H=O=H」と結合することで「H2O=水」となるわけです。僕の記憶は合っているでしょうか。
 「素」を選んだ理由は分子(水)は原子(酸素、水素)の共有結合でできている、じゃあ、原子自体は何でできているかというと、電子と原子核(陽子、中性子)であるわけで、その電子と原子核に巨大なエネルギー(カミオカンデ、ニュートリノの装置とか)を与えると「素粒子」が発生し可視化(数値化)できるのではないか、とされています。
 つまり分子における原子の共有結合における素粒子は、人間関係に置き換えた場合、どういう関係性で、どう結合、あるいは反発するのか。音楽に例えるなら元素はクラッシックというジャンル、分子はオーケストラ、原子は個々の演奏家、では素粒子はなんだろう?、という好奇心から思いついたわけで…。
 今年はこれが自己研究テーマ、というお話でした。読んでいて吐き気とか、気持ち悪くなられた方がいらしたかもしれませんね、ごめんなさい。

2019,1,4
新年をいかがお過ごしでしょうか。本年もよろしくお願いいたします。

2018,12,30
 今年はいろいろとありました。来年もいろいろあるのでしょうが、楽しく過ごせるよう心掛けたく思う次第です。ありがとうございました。 良いお年を!

2018,12,25
 今年もクリスマスの夜に幸せな夢が届きますように、メリークリスマス!

2018,12,10
 先週末の金曜日、友人と有楽町のヒューリックホール東京に行ってきました。2,5次元【ツキステ。】・Six Gravityがお目当てです。直前に無理を言っての座席は後ろから3列目でしたが、自分としては「ラッキー!」ほぼ、お客様全員(客席は満席)の背中が見え、発するエネルギーの色がわかる特等席です。裏方根性とでも言いますか、どうしても職業がら気になってしまう…。途中休憩ではオペレーターブースを見たりとかね。驚いたことも一杯ありましたが、エンターテインメントの基本はいつの時代も変わらないことが実感でき、良い一日となりました。話は変わりますが、USENの「季節のJ-POPベスト・セレクション・J-POPクリスマス・ソング特集」チャンネルで【サイレント・ナイト】が流れていると聞きました。特集は24日まで続くらしく…。サンタさんからのプレゼント? ありがとうございます。

2018.11.25
 それは発売日が決まり構成を考え始めた9月からで、12月3日発売MOTION 2017クリスマスコンサートDVDの12月3日という数字…に、何か引っかかっていた。1,2,3、いちにさん、ワンツースリー…生姜焼き定食を食べていた時にはたと気づいた。なぜ生姜焼き?まぁ、それは置いといて、そう、一年前の12月3日に願かけ桜が新潟県主催、第10回新潟出版文化賞の文芸部門に入選したその授賞式当日で、人生初めての記念すべき日だった…。なのになぜ?気が付かなかったのだろうか…。録音物という過去の記録を未来に変換する作業で懸命だったから…?。そういえば出版文化賞授賞式の壇上で何を考えていたっけ?あれ…?賞を頂いたことは光栄だし誇りだけど…でも、僕の夢は新潟出版賞をもらう為に小説を書いた訳ではないよね…夢はもっと違うところで僕を待っている…筈、なんて自惚れた馬鹿な自分のそんな一年前のお話。さぁ、この2か月、置いていた新聞連載の筆を起こさねば(汗…)


2018.9.3
 昨日OAされた「この世界の片隅に」(TBS系)の中で、屋根瓦を突き破る焼夷弾のシーンを見て背筋が凍るというか、切なくなりました。アニメの時はそんなに感じなかったのに…。今さらですが、願かけ桜を執筆するため長岡大空襲を実際に経験された方から直接聞いた、あの時の、あの話が僕の脳の中で確実な現実として認識され、本当に恐怖を感じたのです。小説内では「郵便局の屋根を突き破った焼夷弾が主人公の背中をかすめ、床に突き刺さる」というフィクションを書いたのですが、いまも心がざわついています。
 やはり、頭の中でこんな感じかなって思うのと、実際に経験をした方の心に刺さる傷がこんな風に、ドラマを通して、その違いを気づかせてくれる、そんな誕生日もいいものですね。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2018.9.6
 今日未明に起きた北海道の大地震。朝6時、友人の平間氏に、つながらないだろうと思いながらも電話をしたら彼の声が…。「停電していてTVも見れず情報も状況も全く分からない」と、言うのでTVのNHK速報をしばらく聴いてもらいました。道内すべてが停電ということをそれで初めて知ったらしく、携帯電源が心配だから落ち着いたらまた、と通話を切りました。異常高温、台風、豪雨、地震…。地球が怒っているのか?…とか、僕が心配や不安を抱いてもしょうがないのでしょうけど、その時の心と構えをどうしたらいいのかをひとり考えさせられる一日になりそうです。
 被災された皆様、不自由な生活を余儀なくされている皆様にお見舞い申し上げます。また、復旧に立ち向かっている皆様、今の僕は何もできないけど、よろしくお願いいたします。


2018,9,19
実りの秋! 。
今年は日照りと水不足でダメか、と思った…。エッ!って思われるでしょうが、新潟はそのくらい場所によっては雨の恩恵がなかったのです。でも実は、写真の裏はブナ林なんです。そこから地中をわずかな水がこの田んぼに湧き、このお米たちはその水で黄金色に染まることができました。24日のイベントスケジュールもあり、稲刈りは自分ではできなかった…自分で刈りたかった!それが唯一の心残りですが、いい色に染まってるでしょう?。
ここは新潟県上越市、向こうの山は妙高山、地図でおわかりかとは思いますが真南の中山間地にある、わたしが作るわたしの田んぼ。植物というか作物というか、稲(お米)は愛情をかけただけ、美味さという嗜好で、おてんとうさまの都合とか、自然環境の変化とかという、言い訳を許さず、来年への課題と反省を、もっと考えろ!と、促してくれます。まだ口にしていないので今年一年の、わたしが稲に向き合った姿勢をどう評価してくれたのか?、が、チョイと楽しみで、ドキドキ待ちぼうけの時間を過ごしています。ハサガケ、という自然乾燥を今年は無理をお願いしたので、ご報告は来週末か、10月頭で。


2018,9,25
 東京は秋雨前線の影響で雨が続いています。こういう時にこそ、ぜひ、外出してみるものです。なんとなく人出が少ない感じ、するでしょう…⁉実はこれ、脳の錯覚だそうで、傘とかで視野が狭まると広く感じるんだそうです。 で、この先も雨の予報です。洗濯をする時間が数日無かったのです。なので、一年ぶりにコインランドリーに行きました。乾燥だけなのですが、久しぶりで、そうですね・・・一年ぶりくらいかな。30分、乾燥機の前にただ座り、じ~~っと、回るドラムを見ていたんです。飽きない…グルグルがたまらない…あっという間でした。初めてです、こんなに脳がリラックスできたのは。相当な、何かが溜まっていたのか、よくはわかりませんが…。ただ、コインランドリーってのはそういう意味で凄い!と、思ったので、お知らせまで。


2018,9,27
 今日は友人からのメールを紹介させていただきます。
「山に登るのは同じ行為ですけど、山頂に立つことだけを目標にしてはいけない…]と、北アルプスの老ガイドから教わりました。
山道の横に咲く小さな花に「ありがとうね」と声をかけていく姿が印象的でした。
一歩ずつ登ることの意味がわからない人は多いです。
先ばかり見て振り返ることをせず、足元が見えない人も多いです。足場を確認しながら進んでいかなければ滑落します。そうならないよう、誠実に進んでいきましょう。


2018,10,10
 ホセ・フェリシアーノというプエルトリコ出身の歌手がいます。彼は幼いころ緑内障が原因で失明しましたが、世界的な歌手となり素晴らしい歌を届けています。秋の夜長、久しぶりに「ケ・サラ」という曲を聴きました。この曲を聴く自分が、笑ってしまうくらい受けたのは、あるドラマのワンシーンが思い浮かんでしまったから。そのシーンとは、名優・大滝秀治さんが演じる親戚のおじさんが甥っ子に言った一言「…いいか、お前は逃げるんじゃ、この村を捨てて…逃げるんじゃ」何故、このシーンが思い浮かんだのか、瞬間にはわかりませんでしたけれど、詩を思い出して納得しました。田舎を離れ、ひとり上京した、きっとあの頃の自分と被ったのでしょう。歌とはそういう力を持つものだとしみじみと思う、今日この頃です。さぁ今週は、はさに掛けたコメの脱穀が始まります。山で、軽からトラの荷台に寝ころび、ラジカセから爆音で流れるホセを聴きながら、流れる雲を見よう!


2018,10,25
サイレントナイト~歌の贈り物~
サイレントナイトの作詞をしていた時のことが強烈に思い浮かんだ。黒住氏から頂いたこのデモ曲はファーストラブソングとほぼ同時期であり、ずいぶんと悩んだ。「愛を追いかけて 通り過ぎた恋~」みたいな感じの詩が浮かぶ凄くかわいいメロディーだったからで…。季節は夏の少し前だったと思う。そんな時、NHKがオーストラリアでの寒波による大雪のニュースを流していた画面を偶然にも見た。「!」…で、クリスマスソングにしようと思い立ったのである。ただ、「降り積もる雪に 足跡を重ね~」は日本人独特の表現というか、言い回しだと僕は思う。おそらく、欧米では腕を組み、並んで一緒に歩くのが普通だろう。日本人だからあり得る表現を生かしたかったのだが、歌手が心から理解してくれないと伝わらない。だから2コーラスをあえて1コーラスの日本語詩を英語に訳して、歌ってもらった。
MOTION2017 Christmas Concert 、それを感じてほしいです。


2018,10,31
Song For Departureという曲をファンの方がサプライズで歌ったとの、風の便りに感激しています。メロディーも詩もサクサクと浮かんだまま作品にしてしまい、少しくらいならいいかなぁ~、なんて思いながら、詩に込めた重いテーマを未来の糧にと自分に向けてつくった応援歌です。だから、まじ、一緒に歌いたかった~!あちらで歌うことがわかっていれば、ほんと行きましたよ。みなさん、本当にありがとう。音楽屋としてはこの上ないご褒美です。余談ですが、あれはギター一本でメロディーを作ると同時に歌詞が自然と出てきた作品です。作っていた時の心境は、あえて聞かないで下さいね。未来への扉に向かい一歩を踏み出す勇気をテーマにしたつもりなので。本当に、ファンの方の自発的サプライズだとしたら気絶するほど、うれしいです。100%可能性はないとは思いますが、みんなでもう一度歌いたい歌です。
遅れましたが、やっと初挑戦した新潟の「新之助」を精米しました。11月1日に食します。一粒(千重量といいます)が大きいので、今から楽しみです。
これからもtokidoki hirokiを、時々どうぞよろしく。 広城拝


2018,11,4
ブルドーザーで畔を作り直した帰り道、集落の組長Kさんと遭遇。おもむろに道路脇の畑から大根を5本引き抜くと「持っていってくんない」と立ち話が始まった。「おまん、集落のOOんしょのばあちゃんが死んだの知ってるかね…」その家は知っているけど、正直、90歳前後であろうそのばあちゃんの顔は出てこなかった。「いつ?」「発見は4日前だども、へぇ死んで何日もたっていたらしいでね」「そうかね…手を合わせに行くわ」「へぇ誰もいねでね」「え…?」「身内は三女しか来なかったんそ、勤めとかで通夜だけいてそ、すぐ埼玉に帰ったすけ。喪主不在で焼いたんだこて」「お骨は?」「寺方に49日まで預かってもらって、墓に入れてもらうそうだね」「そういうがかね…せつねぇこてねや」「まいんちいねすけ、ここんとこそんなのばっかでねや…そんで、東京の方はどうだね?」「…まぁ、どこでもいろいろあるこてね…」Kさんと別れ少し走ったところで車を止めた。小高い南向きのここからは集落全体が良く見える。夕暮れということもあるのだろうが、ずいぶんとさみしい風景に見えた。西の隅にあるその家にこの先、ふたたび灯りがともることはあるのだろうか…そう思うと、涙が溢れて止まらなくなった。




















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